「従業員にはボーナスがあるのに、なぜ社長の私にはないのだろう?」
「毎月の役員報酬に対する社会保険料が高すぎて、手取りが思うように増えない」
多くの経営者が抱くこの悩みに対し、税法は一つの「例外的な回答」を用意しています。
本来、役員へのボーナス(臨時的な報酬)は、原則として会社の経費(損金)にはなりません。しかし、「事前確定届出給与(じぜんかくていとどけべきゅうよ)」という制度を活用し、税務署へ事前に「いつ、いくら払うか」を届け出ることで、全額を経費にすることが可能になります。
この制度の真価は、単なる法人税の節税に留まりません。
毎月の役員報酬を減らし、その分を「年1回のボーナス」に集約することで、社会保険料の等級(標準賞与額)の上限を活用し、年間で数十万円〜百万円単位の社会保険料を削減するという、高度なスキームを組むことが可能になるのです。
しかし、この制度は「劇薬」です。
「1日でも遅れたらアウト」「1円でもズレたらアウト」という、法人税法の中でも極めて厳格な運用が求められます。安易に導入し、要件を満たせずに否認され、多額の追徴課税を受けるケースも後を絶ちません。
この記事では、事前確定届出給与の仕組みを、根拠となる法令(法人税法34条、厚生年金保険法など)に基づき徹底解説します。社会保険料削減の具体的なシミュレーション、過去の裁決例に基づく否認リスクの回避法、そして実務上の盲点となりやすい「不支給時の対応」や「12のFAQ」まで、プロフェッショナルな視点で完全網羅します。
第1章:なぜ普通のボーナスはダメで、「事前確定」ならOKなのか?
まずは基礎知識として、なぜ役員へのボーナスが原則NGとされているのか、その法的根拠と制度の趣旨を理解しましょう。
1-1 法人税法上の原則:「利益操作」の防止
法人税法上、役員に対する給与は、原則として「定期同額給与(毎月同じ金額)」でなければ損金(経費)に算入されません(法人税法34条1項1号)。
これは、経営者が期末の利益を見てから、「利益が出そうだからボーナスを出して法人税を減らそう(後出しジャンケン)」といった恣意的な利益操作を行うことを防ぐためです。
1-2 例外としての「事前確定届出給与」
しかし、あらかじめ「いつ、いくら払うか」を確定させ、その内容を税務署に届け出ている場合に限り、その給与は「利益調整の意図がない」とみなされ、損金算入が認められます。これが「事前確定届出給与」です(法人税法34条1項3号、施行令69条)。
つまり、この制度は「ボーナス」という名前であっても、実質的には「支払日が年1回だけの定期給与」のような扱いを受けることになります。
第2章:【最大のメリット】社会保険料を劇的に下げるスキーム
この制度を導入する多くの経営者の狙いは、法人税の節税以上に、「社会保険料の適正化(削減)」にあります。ここでは、社会保険の仕組みを利用したコスト削減のカラクリを、根拠条文と共に解説します。
2-1 社会保険料の「上限(打ち止め)」を利用する
社会保険料(健康保険・厚生年金)は給料に比例して高くなりますが、実は「標準賞与額の上限(打ち止め)」が存在します。
賞与にかかる保険料の上限(標準賞与額)
- 厚生年金保険料:1回につき150万円が上限
(根拠:厚生年金保険法 第24条の4、施行令 第3条の9) - 健康保険料:年度の累計で573万円が上限
(根拠:健康保険法 第45条、施行令 第39条)
特に注目すべきは「厚生年金保険料」です。 例えば、1,000万円の役員賞与を出したとしても、厚生年金保険料がかかるのは最初の150万円分だけ。残りの850万円分には保険料がかかりません。
2-2 注意点:「随時改定」によるタイムラグ
このスキームを実行するために月額の役員報酬を下げると、社会保険の「随時改定(月額変更)」の対象となります(健康保険法43条、厚生年金保険法23条)。
報酬を下げてすぐに保険料が安くなるわけではありません。「変動した月から3ヶ月間の平均」を基に、4ヶ月目から新しい等級(保険料)が適用されます。このタイムラグも計算に入れた上で、年間のキャッシュフローを設計する必要があります。
【シミュレーション】年収1,200万円の社長の場合
(※東京都、40歳以上、協会けんぽの概算値で比較)
パターンA:月給100万円(ボーナスなし)
- 年間の社会保険料(労使合計):約300万円
※毎月、上限に近い高い保険料を払い続けることになります。
パターンB:月給10万円 + ボーナス1,080万円(年1回)
- 毎月の社会保険料(12ヶ月):約26.4万円
- ボーナスの社会保険料:
- 健康保険(573万円上限):約68万円
- 厚生年金(150万円上限):約27万円(※ここで大幅カット!)
- 年間の社会保険料(労使合計):約121.4万円
削減額:年間 約178万円
このように、支払い方を変えるだけで、会社と個人合わせて年間180万円近いキャッシュを残すことが可能になります。
第3章:絶対に守らなければならない「3つの鉄則」
効果が大きい分、ルールは厳格です。以下の要件を一つでも満たせなければ、支給額全額が損金不算入となるリスクがあります。
鉄則1:提出期限を厳守する
届出書の提出期限は、以下の「いずれか早い日」です(法人税法施行令69条1項2号)。
- 株主総会の決議の日から1ヶ月以内
- 会計期間開始の日から4ヶ月以内(新設法人の場合は設立から2ヶ月以内)
「1日でも遅れたらアウト」です。税務署は期限後提出を一切認めてくれません。
鉄則2:金額を1円たりとも変えない
「業績が良かったから上乗せする」「資金が足りないから減額する」は認められません。届出額と実際の支給額が異なると、「その全額」が損金不算入となります(法人税基本通達9-2-14の2)。
【実務上の注意点】
源泉所得税の計算ミスにより「手取り額」が変わってしまった場合、直ちに否認されるわけではありませんが、「支給額自体が違うのではないか?」と調査官に疑われる原因になります。額面金額(総支給額)を一致させることは絶対条件であり、税額計算も正確に行う必要があります。
鉄則3:支給日を厳守する
支給日も「1日」たりともズレてはいけません(法人税法施行令69条2項)。
【銀行休業日の対応】
もし、届け出た支給日が土日祝日だった場合、前倒しで払うべきか、翌営業日に払うべきか迷うところです。これを防ぐため、株主総会議事録には「ただし、支給日が金融機関の休業日にあたる場合は、その前営業日(または翌営業日)に支給する」と明記しておくことが、実務上の鉄則です。
第4章:導入手順と議事録の書き方【完全マニュアル】
実際に導入するための手順と、税務調査に耐えうる書類作成のポイントを解説します。
STEP1:来期の利益シミュレーション
「払えなかった」は許されません。顧問税理士と連携し、資金繰り表を用いて「確実に支払える金額」を設定します。
STEP2:株主総会での決議と議事録作成
定時株主総会で決議を行います。議事録には、以下の文言を必ず盛り込んでください。
【株主総会議事録 記載例(抜粋)】
第〇号議案 役員賞与支給の件
議長は、当期の役員に対する賞与として、事前確定届出給与を下記のとおり支給したい旨を述べ、その理由を説明した後、これを議場に諮ったところ、満場一致をもって承認可決された。なお、当該金額および時期については、今後の業績や資金繰りを理由として変更しないものとする。
記
1. 支給対象者:代表取締役 〇〇 〇〇
2. 支給時期:令和〇年〇月〇日
(ただし、支給日が金融機関の休業日にあたる場合は、その前営業日とする。)
3. 支給金額:金 3,000,000円
STEP3:税務署への届出
「事前確定届出給与に関する届出書」および「付表」を作成し、税務署へ提出します(施行規則29条)。電子申告(e-Tax)の場合は、必ず「受信通知(メール詳細)」を保存してください。これが提出の証拠となります。
STEP4:指定日通りの支払い(未払計上NG)
指定日に確実に振り込みます。資金不足を理由に「未払金」として処理することは認められません(法人税基本通達9-1-42)。必ずキャッシュを動かしてください。
第5章:税務調査で狙われるポイントと失敗事例
この制度を利用している会社は、税務調査の重点チェック対象になります。特に注意すべきは「職務執行期間」の考え方です。
調査官の視点:「職務執行期間」と裁決例
届出書の「付表」には、「職務執行期間」を記載する欄があります。これは「その賞与が、いつからいつまでの労働の対価なのか」を示すものです。
この点について、令和元年6月27日の国税不服審判所裁決(裁決事例集 No.102 事例 14)では、期の途中で退任した役員に対し、退任後の期間を含んだ賞与を支払ったケースについて、過大役員報酬として一部が否認されています。
役員の退任や就任が期中にある場合は、届出書の記載内容と実態の整合性が厳しく問われるため、専門家によるチェックが必須です。
失敗事例:1日遅れで全額否認
ある会社が、資金繰りの都合で支給日を1週間遅らせました。「同じ期内だからいいだろう」と安易に考えた結果、税務調査で「届出通りの支給ではない」として全額否認されました。
この場合、会社には法人税がかかり、個人には所得税がかかるため、数百万円単位のキャッシュアウトとなりました。
第6章:【FAQ】事前確定届出給与に関する実務Q&A(12選)
最後に、実務現場でよくある疑問について解説します。
Q1. 業績が悪化して払えそうにありません。どうすればいいですか?
A. 「全額不支給(0円)」にするのが唯一の回避策です。
中途半端に減額すると全額否認されますが、「1円も払わない(支給しない)」という選択をすれば、そもそも経費が発生しないため、税務上のペナルティはありません。
【重要】
ただし、不支給とする場合は、「支給予定日より前に」臨時株主総会を開き、「全額不支給とする」旨の決議をしておく必要があります。支給日を過ぎてから「やっぱり払いませんでした」というのは認められません。また、対象となる役員が複数いる場合は、全員分を不支給とするなど、一貫性を持たせることが実務上重要です。
Q2. 創業1年目から使えますか?
A. はい、使えます。
設立から2ヶ月以内(または最初の株主総会から1ヶ月以内の早い方)に届け出れば、創業初年度から適用可能です。ただし、創業期は売上が不安定なため、半年後に確実に資金があるかどうかの見極めが重要です。
Q3. ボーナスを年2回に分けてもいいですか?
A. 可能ですが、リスクは倍増します。
夏と冬、年2回の設定も可能です。ただし、社会保険料の削減効果を最大化する(上限キャップを活用する)ためには、「年1回にまとめてドンと払う」のが最も効率的です。また、支払回数が増えるほど「払い忘れ」や「資金不足」のリスクが高まります。
Q4. 月給を極端に下げて(月5万円など)、生活費が足りなくなりませんか?
A. その通りです。個人の貯蓄があることが前提のスキームです。
ボーナス月まで社長の生活費が枯渇してしまい、会社から社長へ貸付(役員貸付金)を行うと、銀行融資の評価が悪化するうえ、税務上も認定利息が課税されるなど、本末転倒な結果になります。
Q5. 非常勤役員(妻など)にも使えますか?
A. 使えますが、勤務実態との整合性に注意が必要です。
非常勤役員にも適用可能ですが、「月に数回しか出社しない役員に、なぜ数百万円ものボーナスが出るのか?」という合理的な理由(職務内容や貢献度)が必要です。ここが説明できないと、過大役員給与として否認されるリスクがあります。
Q6. 銀行の融資審査に影響はありますか?
A. 説明ができれば問題ありませんが、月給が低すぎると警戒されることもあります。
決算書上は利益が出ていても、月々の試算表では「役員報酬が極端に低い」状態が続きます。銀行担当者には「節税スキームとして事前確定届出給与を採用しており、年収ベースでは十分な報酬を得ている」ことを説明する必要があります。また、ボーナス支給月にキャッシュが大きく減るため、資金繰り表での説明も不可欠です。
Q7. 届出を忘れてしまいました。後から出しても間に合いますか?
A. 間に合いません。1日でも遅れたら却下されます。
期限後提出の救済措置はありません。その期は諦めて、通常の月額報酬で対応するか、翌期からの適用を目指すしかありません。
Q8. 支給日を土日に設定してしまった場合はどうなりますか?
A. 原則として、届出書に記載した通りの日に払う必要があります。
もし振込ができない土日祝日を支給日に設定してしまった場合、「その前の営業日」か「次の営業日」のどちらに支払うかを、あらかじめ株主総会議事録などで定めておく必要があります。何も定めていないと、税務調査でトラブルの元になります。
Q9. 現物給与(車や不動産など)で支給してもいいですか?
A. 可能ですが、おすすめしません。
金銭以外の資産で支給することも可能ですが、「確定した額」の評価が非常に難しく、税務署との見解の相違が生まれやすいため、現金支給が確実です。
Q10. 使用人兼務役員の「使用人分賞与」はどうなりますか?
A. 使用人分の賞与は、事前確定届出給与の対象外です。
使用人兼務役員の場合、役員としての賞与部分は届出が必要ですが、使用人としての賞与部分は、他の従業員と同じ時期に支給すれば損金算入が可能です。
Q11. 社長の将来の年金(老齢厚生年金)に影響はありますか?
A. はい、年金額は減少します。
社会保険料を安くするということは、将来受け取る年金の計算基礎となる「標準報酬」が低くなることを意味します。目先の手取りを増やすか、将来の年金を確保するか、ライフプランに合わせた選択が必要です。
Q12. 途中入社の役員にも適用できますか?
A. 可能です。就任から一定期間内に届け出ればOKです。
期中に新たに役員が就任した場合、その就任日から2ヶ月以内(または臨時株主総会から1ヶ月以内の早い方)に届け出ることで、その期から適用可能です。
まとめ:リスクとリターンを理解して活用を
事前確定届出給与は、正しく使えば最強の節税・社会保険料削減ツールとなります。しかし、その運用は「綱渡り」のようにシビアです。
- 利益予測の精度
- 届出期限の管理
- 資金繰りの確保
これらを完璧にこなして初めて、大きなメリットを享受できます。「自分の会社で導入できるか知りたい」「安全に運用したい」という方は、ぜひ専門家にご相談ください。私たち荒川会計事務所では、お客様の財務状況を分析し、リスクを最小限に抑えた最適な給与設計をご提案いたします。
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記事執筆監修者
荒川会計事務所(経営革新等支援機関(認定支援機関))代表税理士・登録政治資金監査人・行政書士の荒川 一磨です。
会社設立と創業融資を得意とし、何でも相談できる話しやすいパートナーであることを心掛けている事務所です。
事務所所在地 〒160-0022 東京都新宿区新宿2-5-16 霞ビル8F
電話番号 0120-016-356
所属 東京税理士会四谷支部・東京行政書士会新宿支部
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